はじめまして、 ともうします。
きっとこのページに来られているあなたは、とても不安で少しでも相談する相手について知りたいというお気持ちがあるのではないかと思いました。
私自身が誰か、見知らぬ人に相談するとしたら、やはりできるだけその人について、知っておきたいと思ったからです。
ですので、少し長くなりますが、自己紹介をさせていただきたいと思います。
京都の瓦職であった父は、町の柔道場の師範をやっていました。
その父の影響で小学生の頃から柔道を始めた私は、中学校卒業後は京都府の柔道名門校に入学し、監督の家に家族の一員として下宿しました。
高校生で親元を離れ、他人と一緒に生活をするということを体験いたしました。
名門校でしたので、練習は非常に厳しいものでした。厳しい練習の毎日の中、一番辛く耐えがたかったのは、試合に負けてしまうこと、などと言うとかっこうがいいと思いますが、正直なところは先輩、後輩の上下関係でした。
努力の甲斐あり、高校2、3年と京都府の軽量級チャンピオンとなり、高校2年の時は
国体で準決勝まで進出し、高校3年の時はキャプテンとしての役割を果たしました。
高校卒業時には、3年間無遅刻、無欠席、無早退と皆勤賞としても生徒代表として表彰されました。
そして、その流れにのり、大学も数々の世界チャンピオンを輩出する柔道の名門校へと進学することになります。このとき生まれて初めて上京しました。
やはりここでも、過酷な練習と、なみはずれた上下関係でした。
高校大学時代、規則の厳しかった7年間の寮の集団生活の中で得たものは、辛いことでも耐え抜く精神力と、人の気持ちをよく考ることと、人への思いやり、規則正しさだと、今振り返ればそう思います。
大学を卒業して最初の年、現上場会社である商品取引の会社に約1年勤務した後、
ノンバンク系金融機関の調査機関(企業信用調査)に6年間従事してきました。
どんな仕事内容かもわからず、友人の知り合いの紹介で入社した会社が、たまたま信用調査業務でした。それが現在にいたっています。
私のこの仕事に対する考え方の転換期は、仕事で不運が続出した時期に、「資格も世の中の信用性も何もないこの探偵調査業」の仕事に対し誇りを失い、憤りをかんじていた時期がありました。
「もう止めたほうがいいのではないか」しかし、「他に生計を立てる手段がない」ただそれだけで仕事をこなしていました。そんなとき70過ぎたお婆さんから、人探しを依頼されました。
その仕事をきっかけに、私は、成長することができました。
依頼内容は、「小学校時代から幼馴染だった同級生に頼まれ300万円を貸したが逃げられてしまった」「この3年間これを思い出すだけで、人に初めて裏切られたという気持ちで、毎日が眠れない」ということでした。
1ヵ月程で相手を探し出すことができ、トラブルにならないようにと私も相手方の居住先へと同行し、返済に関しても相手方と穏便に解決に至りました。
その帰り、依頼人のお婆さんから涙ながらに深くおじぎをして「依頼するかどうか本当に迷いました。でも頼んでよかったです、ありがとうございます、これで心の中のもやもやがやっと取れました、一生を恩にきります。」となんども頭を下げられたことがありました。
お礼の言葉をいただくことはよくあることですが、涙ながらにお礼を言われたことは初めてのことで、私はこのとき「こんなこともあるんだな」とジ〜ンときました。
その後も、このお婆さんは、たびたび事務所に訪れ、手作りのケーキやシチューなどをもって来てくれたことがありました。
私はそれをきっかけに仕事を依頼されるときは「今度はどうやってこの人を喜ばせてあげようかな?」と考えるようになりました。
どんな仕事でも、家族でも同じだと思いますが、最後は「思いやり」の一言だと今は思っています。
人間関係なので、相性などもあると思いますが、真剣に誠実に一生懸命お話をきくことだけは、お約束いたします。
もし、少しでも悩みを打ち明けることで、気持ちが楽になったり、解決への糸口が見つかる可能性があるようでしたら、いつでもご連絡ください。
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